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長崎家庭裁判所 昭和33年(家)703号 審判

申立人 柴野清高(仮名)

主文

錯誤により、長崎県○○○郡○○町大字○○千五百○○○番地筆頭者柴野清高の戸籍中、弟尚郎の記載のうち、戦死事項、婚姻事項を除き、これを削除することを許可する。

理由

一、本件申立の要旨

長崎県○○○郡○○町大字○○一五○○番地筆頭者申立人柴野清高の戸籍中には、柴野尚郎が申立人の父喜七、母テル間に明治四十二年二月○日出生した四男で、申立人の弟として記載されている。ところが右尚郎は申立人の妹チズと田島重夫との間に生れた子であつて、前記戸籍の記載は事実に反する。

そしてこのような事実に反する戸籍の記載がなされるにいたつた事情は次のとおりである。

すなわち、申立人の妹チズは明治四十一年一月頃田島重夫に嫁したが、婚姻届をなさない中同四十一年八月頃婚家の処遇に耐えかねて妊娠四ヶ月の身重のまま実家に帰つた。チズは実家で明治四十二年二月○日尚郎を分娩し、その出生届を父喜七に委せたところ、同人は尚郎の将来を慮つてチズの私生子として届出ることにしのびず、父喜七、母テルの四男として虚偽の出生届をしたため、前記のような事実と反する戸籍の記載をみることになつたのである。

そこで申立人は右戸籍を事実のとおり訂正したいので、本件の申立をなすのである。

二、当裁判所の判断

関係戸籍謄本の記載、調査官の調査報告書(陳述者申立人柴野清高、笠岡チズ、浅川トシ子、村山秋子)を総合すると、次の事実が認められる。

すなわち、申立人は亡柴野喜七と亡柴野テルとの間に明治十八年五月○○日出生した長男である。申立人の妹である笠岡チズ(明治二十二年七月○○日生)は、明治四十年一月頃十八歳で田島重夫と婚姻したが、婚家との折合が悪く婚姻届をしないうちに同年八月頃実家に帰つた。当時チズは妊娠四ヶ月の身重であつたが遂に重夫の許に復帰することなく、実家で明治四十二年二月○日男児尚郎を分娩した。申立人の実父喜七は右尚郎が私生児となることを慮つて同人とテルとの間に生れた四男として虚偽の出生届をなした。

右尚郎はその後チズに育てられたが、四歳の頃チズが笠岡軍造と結婚したため、爾来小学校卒業まで実家の右祖父母の許に養育され、中学校卒業後は再びチズが実家の援助をえて同人を高等商業学校に送つて監護養育にあたつた。尚郎は家業を終えてから渡鮮し、妻トシ子を迎え、チズを朝鮮に呼び寄せ、大東亞戦争に出征するまで同居していたが、チズは終戦前朝鮮を引揚げて内地長崎に帰還し、戦後引揚げた尚郎の妻トシ子とともに暫時同居生活を続けていた。尚郎は昭和二十年六月○○日比島ルソン島で戦死し、同二十二年八月一日長崎県知事の公報があり、同年十二月遺骨はチズと右トシ子が引取り、遺骨埋葬並に祭祀はチズが終始行つて来た。

以上認定の事実によると、尚郎は笠岡チズと田島重夫との間に出生した子であつて、申立人の弟でないことが明かであるから前記戸籍の記載は事実に反するものといわねばならない。

そこで、親子関係の存否に関する戸籍訂正については、それが身分法上重大な影響を生ずる場合であるから、戸籍法第一一六条の訂正手続によるべきであり、したがつて、親子関係に関する戸籍の記載は、訂正事項が戸籍の記載自体で明白でない限り、親子関係の存在または不存在を確認する判決(又は家庭裁判所の確認審判)に基いて訂正すべきである、とするのが従来の取扱であつた、しかしながら、この立場によると、戸籍上の父母両名ともに死亡した後は、親子関係不存在確認の訴の当事者の一方を欠くため、その戸籍訂正の方法がないことになる。このような場合には、人事訴訟法第二条第三項を類推適用すべしとの見解があるが、右訴の性質上問題がある。あるいは、このような場合、事実上の父母と子の間で親子関係存在確認の裁判をえ、これを資料として戸籍法第一一三条の訂正手続によるべしとの立場もあるが、事実上の親子関係につき、かかる確認の裁判を求める利益があるか否かも疑問のあるところである。かりに、その点を別としても戸籍法第一一三条による訂正を許すとする以上、その資料として前示のような裁判を必要としなければならない理由は乏しい。更に、右の立場をとつても、事実上の親子の一方当事者を欠くときは、結局その戸籍訂正の機会は与えられないであろう。

本来誤つた戸籍の記載が訂正される機会なく、いつまでも放置されていることは妥当なことではない。

そこで、親子関係の存否についての戸籍訂正において、嫡出子否認、認知の取消などのように判決によつて始めて身分関係の変動が生ずる場合は格別、その他の場合、これを例えば、本件のように虚偽の出生届に基き、全然親子関係のない他人の子として戸籍に記載されているような場合に、前記のように親子関係の存否につき裁判を求めることができない事情にあるときは、実体的な身分関係を確定することなく、事実に反する戸籍面だけを是正するため、右事実に反するとの確証がある限り、戸籍法第一一三条による戸籍訂正がなされてもよいと考えるのが相当である。

よつて、本件戸籍訂正の申立は理由があるから、戸籍法第一一三条に則り、主文のように審判する。

(家事審判官 斎藤平伍)

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